工程を一つずつ足してみると
セキュリティチェック業務に、年間どのくらい時間をつかっているか。
この数字を把握している企業は、ほとんどありません。
「シートを送って、返ってきたら確認する」——そう聞けば軽い業務に聞こえます。しかし工程を分解すると、印象が変わります。
シートの内容確認と修正。送付先リストの準備と登録。シートの送付。回答が揃っているかの確認と名簿との突き合わせ。まだ返ってきていない会社への催促メール、あるいは電話。届いた回答の内容確認と、不備がある場合のやりとり。最終的な保管と台帳への記録。
一つひとつは軽い。しかし合計すると、無視できない数字になります。1社あたり、初回で3〜5時間。2回目以降の年次更新でも1.5〜2.5時間。「思ったより多い」と感じた方の感覚は、正しいです。
規模をかけると、経営インパクトが見えてくる
1社あたりの数字に対象社数をかけると、話の次元が変わります。
100社規模の年間工数:
- 初回対応:300〜500時間
- 2回目以降:150〜250時間(約0.9〜1.5人月)
営業日換算で、年間19〜31日分。担当者1名分のコストが、毎年この業務に固定的に発生していることになります。本来であれば、リスク評価や取引先との関係深化といった、より付加価値の高い業務に充てるべき時間です。
500社規模になると:
- 初回対応:1,500〜2,500時間
- 2回目以降:750〜1,250時間
専任担当者1名がほぼ1年中、セキュリティチェックだけで終わる規模感です。
この業務は“見えないコスト”として、毎年確実に積み上がっています。見えていないだけで、すでにコストは発生しています。担当者が30〜50社を管理しているなら、年間数十〜百時間規模の工数が発生しているはずです。
セキュリティチェック対応に、年間で数十〜数百時間使っているかもしれない。自社の対象社数に1社あたりの工数をかけると、その数字が見えてきます。 100社規模で年間19〜31日分の工数が、5年続けば100日近くに積み上がります。「忙しい業務の一つ」と捉えていたものが、長期では相当な損失になっている可能性があります。
「2回目は楽になるはず」が成立しない理由
ここで、多くの担当者が信じている前提を一度検証してみます。
「初回は大変でも、2回目からは差分確認だけでいい。工数は半分以下になるはず。」
理屈としては、完全に正しい。一度シートを作り、対象先を登録し、回答を得ている。蓄積が活きれば、翌年は楽になるはずです。
しかし実態として、2回目以降の工数はほとんど減りません。
前回の回答ファイルがどのフォルダにあるか、誰も把握していない。担当者が変われば引き継ぎもなく、完全にゼロから。送付先の名簿が更新されておらず、「この会社の担当者、今誰だっけ」と調べ直すことになる。
なぜ蓄積が活きないのか。情報がExcelとメールに散らばったまま、どこにも集約されていないからです。どれが最新ファイルか、前回どういう経緯でOKにしたか、誰にいつ催促したか——これらが一箇所に残らないため、確認のたびに探し直すことになる。
「2回目」のはずが、構造的に「初回に近い負荷」でスタートすることになります。蓄積のはずが、毎年セットされています。
時間を奪っているのは「判断」ではない
工程を分解すると、もう一つのことに気づきます。
この業務で最も時間を使っているのは、セキュリティリスクの評価でも、回答内容の精査でもありません。「まだ出していない人を探して、メールを書く」ことです。
回収・未回答の特定に20分〜1時間。催促に30分〜2時間以上。業務の中心を占めているのは、追いかけと突き合わせという事務作業です。
専門知識を持つ担当者の時間が、Excelのコピペと催促メールに消えている。
フォーマットの乱立も拍車をかけます。A社はExcel、B社はGoogleフォーム、C社は独自PDF。内容は似ているのに、形式が違うせいで毎回ゼロから対応が発生する。メール、電話、Slackが混在した催促の履歴は個人のメールボックスに埋もれ、担当者が変わった瞬間にリセットされます。
放置した場合に起きること
工数の積み上がりだけが問題ではありません。
形骸化が進みます。NOと書けない環境が続く限り、チェックシートのYESはどんどん根拠を失っていきます。「前回もYESだったから、今回もYES」。確認ではなく、体裁の維持になっていく。
事故時の説明責任が問えなくなります。YESで埋まったチェックシートは「安全を確認した証拠」として保管されます。しかし万が一インシデントが起きたとき、そのYESがなぜYESなのか誰も説明できないなら、「確認した証拠」ではなく「不備を見逃していた証拠」として機能しかねません。
取引継続のリスクも高まっています。サプライチェーン攻撃の増加を受け、委託元がセキュリティチェックを強化する動きは加速しています。対応できない委託先との取引を見送る判断をする企業も出始めており、チェックへの対応力が取引継続の前提条件になりつつあります。
問題は個人ではなく、構造にある
担当者が頑張れば解決する問題ではありません。
Excelとメールで管理している限り、情報は散逸し続けます。担当者が変わるたびに履歴はリセットされます。フォーマットがバラバラな限り、毎回同じ「ゼロから対応」が発生します。
必要なのは個人の努力ではなく、仕組みの見直しです。送付・回収・履歴管理が一箇所で完結する環境、標準化されたフォーマット、担当者が変わっても引き継がれる回答の文脈。これらが整えば、工数の大半を占める「管理と催促」を構造的に減らせます。
ここまで読んで、自社ではどこに最も時間がかかっているのか気になった方もいるはずです。実際にどの工程でどれだけ削減できるのか、企業規模別の削減時間や運用改善の具体例をまとめています。
一度確認しておくと、今後の判断がかなり楽になります。
このまま続けるかどうかは、今の段階で選べる
この業務は毎年繰り返されます。取引先の数だけ、年度の数だけ。気づかないまま放置すると、毎年同じコストが積み上がり続けます。
今のやり方を続ければ、同じ工数が来年も積み上がります。5年で100日近く。担当者が変わるたびに、同じ「初回の大変さ」が繰り返されます。
「今は忙しいから後で」という判断も、一つの選択です。しかし何もしないこと自体が、コストを積み上げ続ける選択でもあります。仕組みを変えるなら、早いほど累積の損失は小さくなります。
このまま続けるかどうかは、今の段階で選ぶことができます。まずは、自社でどれだけの工数が発生しているのかを把握することから始めてみてください。
その数字を見たとき、削減すべきか、このまま続けるかの判断は自然と見えてきます。
